椅子をどうぞ。
下駄は、からころと女性が軽やかに笑っているような、耳に心地よい音が鳴る。
私はその音を好ましく思うが、あの履物は必ずしも履く者に易しいものではないから。
鼻緒が擦れて、指の付け根が痛む――とかね。
特に瞬殿のように華奢な女性には辛いのではないか、と思うのだが。
なんなら、下駄を脱いでいて構わないよ。
君と私の間のことだし。
――私?
私は男だし、慣れているから。
これでも武人だしね。
もっとも、こちらの世界で武人らしい事をする機会は滅多にないけれど。時折、腕が鈍らぬように頼久や勝真、リズヴァーン殿に手合わせを頼むくらいだな。
……すまない、少し話が逸れたね。
冷たい飲み物を持ってこよう。
氷も持ってきたよ。
みぞれで良かったかな?
いちごやブルーハワイの方がお好みなら、そちらを用意するよ。
この店は姫君が好みそうなものは一通り揃っているから。
――そう、ありがとう。
では、どうぞ。
――見つめるな、て?
そのように頬を染めながら言われても、説得力はないかな。
…ほら、うつむかないで。
その姿を私に見せるために、この店に立ち寄ってくれたというのなら。
ふふ、可愛いよ。
その高貴な紅紫の色合いは、君によく似合っている。
――そうだね。
あちらでは、着物は袷せて着るのが普通だから、少し珍しいな。
一重のみを着ている人といえば、湯浴みか夜伽の後…くらいか。
だから、浴衣を着ている女人を初めて見たときには正直驚いたのだが、動きやすく涼しそうで、あれはあれで良さそうだと思った。
面白かったのは、鷹通の反応だよ。
初めて見たときに、彼も一緒にいてね。
黄昏時に、街の中を歩いていたんだが、ちょうど、その日は近くで祭りがあったらしい。
彼は「女性があのような薄着をするなど!」と、動揺と羞恥のどちらでか、顔を真っ赤に染めて立ち止まってしまった。
私がからかってやろうとしたその時、君と同じ年頃の女性が集団で、往来の中ほどで立ち止まる我々を追い越していったんだ。
……鷹通は二の句も告げずに、固まっていたな。
しかし、このような仕事をしているというのに、彼も未だに初心な男だ。
もっとも、そこが面白くて、気に入っているのだけどね。
――確かに。
あまりからかい続けると、嫌われてしまうかもしれない。
気をつけよう。
さあ、おみ足を失礼、姫。
私に、あなたに下駄を履かせて頂けますか?
出来れば、店の外へ貴女を送ることを許して頂ければ、幸いですね。
…朧な月の光の下で見る瞬殿の浴衣姿は、きっと扇情的で美しいだろうから。